• 東京・中目黒のリノベーションデザイン会社
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ジオラマ散歩

昨年、中目黒から尾山台に引っ越しをした。空が開けたところ、川が近くにあるところが気に入った。

家から多摩川までは2、3分。開けた河原には人がまばらに通りのどかな雰囲気。散歩で鳥なんかを観察するのも楽しい。最近はホームレスの加藤さんともお友達になった。

川沿いに登っていくと大きなビル群が見えてくる。二子玉川ライズだ。あまり用もないのでそんなに行かないのだが、たまに散歩がてら行く。幼少の頃、親に連れられて遊びに来た想い出の場所だ。当時ここには遊園地があった。錆だらけのジェットコースターが怖かったのを覚えている。

川沿いに近づくと大きな階段が川に面して作られいる。そこを登ると高台の公園につながる。いい感じ。わざわざ来ないが悪くない。スタバもありのんびりくつろぐことができる。

見上げれば超高層のマンションが見下ろしていた。足元には小さな病院や保育施設など生活に必要と思われる施設がぬかりなくある。確かにこのビルだけでも相当人が住んでるから必要なんだろう。そしてまた少し抜けて行くとショッピングモールが現れる。映画館とかもありたまに使わせてもらってる。蔦屋なんかもオシャレだ。立ち読みなどしだすと止まらない。

帰りながらいつも思う。やっぱりここはつまらない。なんだろうこの感じ、再開発したところに行くと必ず感じるこの感覚。こんなに大規模に開発されたタウン。頭脳もお金もふんだんに注ぎ込み非の打ち所がないはずなのに…理屈で考えれば絶対にパーフェクトだ。100点満点。でも…

18歳の娘も見抜いていたのには驚いた。「ここジオラマみたいだね。」なるほど!確かにその感じ分かる。ここにいるとジオラマの上のお人形のような感覚になる。それだ!誰か知らない巨人が街を作り店員とかお客の人形を操っているその感じ。虚無感。ここにあるものは全て周到な計画でできたものばかりで、便利で楽しいものがいっぱいある。(誰が望んだものかは分からないけど。)

会社の帰り道、尾山台の商店街を通る。そこには顔なじみの八百屋のおじさんがいる。いつもジョークを言って笑かしてくれ、買うつもりもないものを買わされたりしながら、おまけもくれたりもする。僕がどこで野菜を買うかと言ったらこの商店街の八百屋さんだ。なんでって八百屋さんの人が良いから。そんな理由でしかない。便利とかおしゃれとかでいえばライズだろう。でも人間っていうのはそんな単純な生き物ではない気がする。感情とか情念ってものがある。

僕らの住む街はどんどん形骸化してきている。心の通わない街になってきている。そのうち店には人もいなくなりAIロボットがウロウロしてるかもしれない。ぞっとする。僕らはなんのために生きているのかを良く認識した方がいい。安心、安全、快適、便利、そして作られたステレオタイプのライフスタイル。そんな全く人間性も創造性もない暮らしのために一生を捧げるためにみんな生まれたのだろうか。僕は暮らしっていうのは誰か知らない巨人が作るものではなく、一人一人がこんな暮らしだと楽しいよね!とか、みんな豊かになるよね!とかいう感情で作っていくものだと思っている。そういう結果、みんなが住みたいと思う素敵な街になるのだと思う。幸せな暮らしを築いて行きたいのなら素直な心や感情を大切にした方がいい。

巨大資本や産業などが商売だけを目的にしてはいけない。これまでの成功体験を基軸にせず、内面的豊かさを反映しえるフレキシブルで自然発生的な要素を組み込むシステムを考えた方がいい。また消費者も盲目に享受されるのではなく、自らの暮らしは自らで創り上げていく気概を持たないといけない。

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